グエル公園の歴史
グエル公園の当初の計画では、庭付きの一戸建て住宅60区画を建設することが予定されていました。実際に建設された住宅は2棟のみでしたが、公園内にはガウディが設計した主要な共有空間である、入口パビリオン、大階段、列柱ホール、そして有名なトレンカディスの曲線ベンチがある広場が現在も残されています。
グエルはガウディにとって最も重要な支援者の一人であり、彼の革新的な構想の実現を後押ししました。二人の緊密な協力関係からは、グエル邸やコロニア・グエル地下聖堂など、建築家にとって重要な作品も誕生しました。
計画は十分な成功を収められず、1914年に工事は中断されました。1918年にエウセビ・グエルが亡くなると、この土地はバルセロナ市に買い取られ、1923年に都市公園として一般公開されました。
1969年にはバルセロナのグエル公園が歴史芸術記念物(BCIN)に指定され、1984年にはガウディ作品群の一部としてユネスコ世界遺産に登録されました。
グエル公園の建築
グエル公園の正門は、有機的なフォルムをもつ2つのパビリオンに挟まれています。外壁は色鮮やかな陶器のトレンカディスで覆われており、一方は門番の住居として使われ、キノコ形のドームが載せられています。もう一方には四本腕の十字架を戴く塔があり、このモチーフはガウディ作品に繰り返し登場する象徴的な要素で、ベリェスグアルド邸などにも見ることができます。
大階段は公園を代表する建築空間へと続き、住宅地の市場として計画された列柱ホールへと導きます。このホールは86本の新ドーリア式円柱で構成され、雨水を地下貯水槽へ集める高度な排水システムが組み込まれています。このルートで最も有名なのがトカゲのモザイク彫刻で、貯水槽の余剰水を排出する役割を果たすとともに、現在ではグエル公園とバルセロナを象徴する存在となっています。
グエル公園の自然広場
列柱ホールの上に位置する自然広場は、住宅地の住民が集う大きな交流スペースとして設計されました。広場を囲むのは、有名なトレンカディスの波形ベンチで、プレハブモジュールを用いて造られ、人間の身体に沿うよう設計された背もたれを備えています。
ベンチは色鮮やかな陶器のトレンカディスで覆われ、ジョゼップ・マリア・ジュジョールとの協力により自由で表現力豊かな装飾が施されています。その豊かな色彩と造形美は、この作品の大きな魅力となっています。また、広場の砂地は雨水を下部の貯水槽へ自然に浸透させる仕組みとなっており、機能性と持続可能性を兼ね備えた水管理システムを実現しています。
グエル公園の自然と景観
ガウディはグエル公園の設計にあたり、丘陵地の地形を綿密に調査し、地形や既存の植生に合わせた高架橋や遊歩道を計画しました。その結果、建築と自然景観が調和した空間が生み出されました。これらの高架橋には傾斜した柱が採用され、この構造は後にコロニア・グエル地下聖堂でも用いられました。
さらに、植栽計画にも力を注ぎ、自生植物を保護するとともに、イナゴマメ、ヤシ、フジ、ローズマリーなどの地中海性植物を導入することで、公園を自然環境と一体化させています。
1906年、ガウディはグエル公園のモデルハウスを購入しました。この建物は、友人であり協力者でもあったフランセスク・ベレンゲールが1902年に住宅計画のモデルとして建設したものです。ガウディは父と姪とともにここで暮らし、公園の発展を間近で見守りました。現在、この建物はガウディ博物館となっており、家具や私物、建築家自身がデザインした作品などが展示されています。館内では、ガウディがこの家で20年間暮らしながら、カサ・ミラやサグラダ・ファミリアなどの代表作に取り組んでいた当時の生活を知ることができます。